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福岡地方裁判所 昭和36年(モ)480号 判決

申立人(被申請人) 国

訴訟代理人 中村盛雄 外三名

被申立人(申請人) 荒木照男

主文

申立人の申立を却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

事実

申立人指定代理人は「福岡地方裁判所が、昭和三一年一〇月二四日なした同庁昭和三一年(ヨ)第三二五号賃金支払請求仮処分命令申請事件についてなした仮処分決定中被申立人に関する部分を取消す。申立費用は被申立人の負担とする。」との判決を求め、その理由として、

(一)、福岡地方裁判所は昭和三一年八月一〇日申立人を相手方とする被申立人申請の同庁昭和三一年(ヨ)第二〇二号解雇の効力停止仮処分命令申請事件につき、申立人が昭和三一年七月一〇日付被申立人に対してなした保安解雇の意思表示の効力を停止する旨の仮処分判決をなし、更に昭和三一年一〇月二四日被申立人が右仮処分判決に基き申請した申立の趣旨記載の仮処分申請事件につき、別紙目録記載のとおりの仮処分決定をなした。

(二)、被申立人と申立人との間に雇傭契約が存続しているとすれば、被申立人の職種は、米駐留軍板付空軍基地第六、一四三施設中隊消防所消防自動車運転手ポンプ操作員(陸上)である。

(三)(1)  昭和三五年一二月二日米軍は申立人に対して基本労務契約に基き、労務者定員減少の理由による人員整理として右部隊の消防自動車運転手ポンプ操作員(陸上)のうち四名を解雇するよう要求した。

(2)  基本労務契約に定められた人員整理基準によれば整理該当者は先任の逆順に選出されるところ、被申立人は原職にあれば右順位の二位に位置し整理該当者に含まれる。

(3)  そこで申立人は被申立人に対して昭和三五年一二月二七日付解雇通知書をもつて、仮にさきの保安解雇が無効であるとしても、昭和三六年二月一日をもつて予備的に解雇する旨意思表示した。

(4)  その後申立人は米軍から解雇期日を昭和三六年二月三日まで延期するよう要求を受け、同年一月一四日付をもつてその旨を被申立人に通知したので、同年二月四日をもつて右予備的解雇の効力が生じた。

(四)、以上のとおり前記保安解雇が無効であつても右整理解雇の意思表示によつて申立人と被申立人間の雇傭契約は結局において消滅に帰したものであつて、前記仮処分決定はその後の事情の変更によつて維持できなくなつたものであるから、民事訴訟法第七四七条、第七五六条によつてその取消を求める。と述べ、

被申立人の主張事実中被申立人が本件人員整理に際しその主張のような配転の申出をしたが、その申出が顧慮されなかつたことを認め、その余の事実を否認し、

(一)、消防自動車運転手ポンプ操作員(陸上)、同(航空機)なる職種は前記保安解雇の後である昭和三四年一一月二四日締結された附属協定三一号によつて新設されたものであり、従前の消防機関員中春日原勤務のものがポンプ操作員(陸上)に、板付勤務のものが同(航空機)に各格付けされたものであるから、春日原勤務の消防機関員であつた被申立人をポンプ操作員(陸上)に格付けしたものである。

したがつて被申立人をポンプ操作員(陸上)としてなした本件解雇に何ら基本労務契約違反のかどはない。

なお仮に被申立人がポンプ操作員(航空機)であつたとしても、同職種についても五名の整理要求があつたので、被申立人は解雇さるべき順位にあつた。

(二)、消防隊員は他の職種の労務者に比し給料が高かつた関係で、同隊員で日常の配置転換又は転任(以下単に配転と略称する)を希望する例はほとんどなかつたものであるから、被申立人のみがその例外であつた可能性はない。

したがつて配転の蓋然性を前提とする被申立人の主張も理由がない。

(三)、被申立人は本件解雇が基本労務契約細目書IH節(5)の規定に違反すると主張するが、同規定は米軍から人員整理要求のあるときまでにとらるべき措置を規定したものである。そして右人員整理要求のあつた後の調整としては(被申立人の本件配転の申出が人員整理要求の後になされたことはその主張自体から明らかである)同H節(7)Cの(1)(2)の規定しかなく、しかも右規定によれば従業員の希望退職の申出があればこれを受理し、これによつて生じた欠員に整理該当者を転任させ或は整理該当者の数を減ずることができるが、右転任の措置をとるかどうかは一に申立人の裁量に委ねられているにすぎない。

ところで本件の場合前記人員整理要求のある以前に人員整理が予想される状態になかつたのみでなく、右要求後においては右H節(7)Cの(1)(2)の規定による従業員からの希望退職の申出はなかつたものであるから、右何れの規定も適用の余地はなかつたものである。

したがつて申立人において本件人員整理にあたり被申立人の配転申出を顧慮しなかつたとしても基本労務契約に抵触するものでなく、解雇権の濫用でもない。と述べ、

被申立人訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、

申立理由(一)及び(三)の(1)、(3)の各事実並びに(三)の(4)の事実のうちその主張のような解雇期日延期の通知のあつたことは認めるが、その余の事実はすべて否認する。

なお本件予備的解雇の意思表示は左記理由によつて無効であるから、仮処分後の事情変更に該らず、したがつて本件申立は却下さるべきである。

(一)(1)  被申立人の本件解雇時の職種は消防自動車運転手ポンプ操作員(陸上)ではなく、同(航空機)であつた。

(2)  板付空軍基地においては日常配転のなされる機会が多く、被申立人が保安解雇をされていなければ当初は仮に申立人主張のようなポンプ操作員(陸上)であつたとしても、配転によつて職場職種を変更していた蓋然性が大きい。

したがつて被申立人の職場職種が申立人主張のとおりであることを前提とする本件解雇は基本労務契約の人員整理基準の適用を誤り、解雇権を濫用したものであつて無効である。

(二)  基本労務契約によれば、申立人は凡そ人員整理にあたつては整理人員を最少限度に止め雇用の安定を最大限に確保するため配転を含む調整をはかることが義務づけられており、(基本労務契約細目書I、H節(5)参照)整理該当者において右措置を希望する場合には、誠意をもつてこれを処理し、できる限り右希望を容れて解雇を免れさせるべく努力をしなければならないものと解するべきである。

ところで被申立人は本件人員整理に際し、整理該当者に含まれていることが判明したので、解雇を免れるため人員整理要求のあつた後申立人に対し配転の申出をした。しかるに申立人は、当時欠員のある職場職種が、多数存在したにも拘らず、被申立人がかつて保安解雇されたことを理由に右申出に全くの顧慮をはらうことなく漫然解雇したものである。

したがつて右解雇は基本労務契約に違反し、且つ解雇権の濫用であつて無効である。

(三)  而して申立人が右のような不当な解雇をしたのは、被申立人がかつて「うたごえ活動」という正当な労働組合活動をしたことが決定的動機をなしているものであるから、右解雇は労働組合法第七条第一号の不当労働行為にあたり、無効である。と述べた。(疎明省略)

理由

申立人と被申立人間に申立人主張のような先行仮処分決定が存すること、申立人がその主張のような米軍からの要求に基き、被申立人に対して解雇並びに解雇期日延期の各通知をしたことは当事者間に争いがない。

(一)  基本労務契約所定の人員整理基準適用の点について、

米軍から申立人に対してなされた人員整理要求によれば、米駐留軍板付空軍基地第六一四三施設中隊消防所消防自動車運転手ポンプ操作員(陸上)のうち四名を解雇すべき内容のものであつたところ、成立に争いのない疏甲第二号証、証人川上寛次郎の証言により真正に成立したものと認められる疏甲第三号証、同証人及び証人大井重信(第一回)の各証言を綜合すると、人員整理基準は基本労務契約細目書IH節(6)に勤続年数の長さによるものと規定されており、米軍から人員整理要求書を受領したときは労務管理機関(申立人)は同細目書IH節(1)f及び同節(7)bの規定にしたがつて競合地域、競合職群(これらが定められていない現在では同一地域、同一職種)別に勤続年数の長さの順に従業員を列記した在籍者名簿を作成し、その逆順に右要求書に整理すべきものとして記載された数に等しい数の整理該当者を選出すべきところ、申立人は被申立人が右ポンプ操作員(陸上)の職種に在籍するものとして被申立人を含めて四名の整理該当者を選出し、被申立人が整理順位二位に当るものとして、本件解雇をしたことが認められる。

ところで右人員整理基準の適用の前提である被申立人の職種について当事者間に争いがあるのでこの点について考察すると前記各証拠を綜合すると、基本労務契約上人事上の措置一般は申立人と米軍との合意に基いてなされるのを原則とはするが、右合意は申立人のなす措置の有効要件とは解されないところ、前記ポンプ操作員(陸上及び航空機)なる職種は被申立人が昭和三一年七月一〇日付保安解雇された後である昭和三四年一一月頃成立した附属協定第三一号によつて新設され、米軍からの要求に基き、従来春日原勤務であつた消防機関員はすべて前記ポンプ操作員(陸上)に、板付勤務であつた消防機関員はすべて前記ポンプ操作員(航空機)に各格付けされたこと、被申立人は保安解雇当時春日原勤務の消防機関員であつたこと、被申立人については米軍から個別的な要求はなかつたが申立人において右の例にならつて前者として格付けしたこと、右職種において被申立人は先任逆順で二位に位置することが認められる。

被申立人は、被申立人が本件解雇当時前記ポンプ操作員(航空機)であつた旨主張するが、このような事実を認めるに足りる疏明はない。

そうすると、被申立人を前記ポンプ操作員(陸上)の職種に在籍するものとしてなした本件解雇には前記人員整理基準適用上の誤りを見出すことはできない。

被申立人の本件解雇前の職種を前記ポンプ操作員(航空機)であるとし、これを前提とする解雇手続が前記人員整理基準に違反している旨、並びにその違反に基いてなされた本件解雇が解雇権の濫用である旨の主張は何れも採用できない。

なお、被申立人は仮にその当初の職種が申立人主張のとおりであつたとしても、本件人員整理までに配転の措置を受けていた蓋然性が大であるから、そのなかつたことを前提とする本件解雇は基本労務契約の人員整理基準適用の誤りであり、且つ解雇権の濫用である旨主張するが、現実に配転によつて職場職種の変更がなされたと認めるに足りる疏明は勿論、その蓋然性が大であつたと認めるに足りる疏明もない。しかも単にその蓋然性があつたということだけでこれに基いて前記人員整理基準を適用しなければならないとする理由もないから被申立人の右主張もまた採用できない。

(二)  雇傭の安定と基本労務契約違反の点について

被申立人はそのなした配転の申出を顧慮しないでした本件解雇は基本労務契約に違反し、且つ解雇権の濫用である旨主張するのでこの点について考えてみる。

(1)  成立に争いのない疏甲第二号証及び同第一〇号証によれば基本労務契約第七条C「人員整理」の項に「A側(米軍を指す。以下同じ)は、人員整理手続により整理すべき従業員の数及びその職種を決定するものとする。この決定を行うにあたり、A側は、できる限りその理由をB側(申立人を指す。以下同じ)に通知するとともに、雇用の安定を最大限に確保するため、B側と適当な事前の調整を行うものとする。」との原則規定が設けられ、ついで同細目書IH節(5)「整理を最少限度にすること」の項には「両当事者は人員整理が予想される場合には、その人員整理を最少限度にとどめるために、できる限り調整を行うものとする。作業場の能率的な運営に特に支障がない限り、労務管理機関(申立人、以下同じ)は、人員整理の通告が発せられる前に、退職希望者を募ることができ、契約担当官代理者(米軍、以下同じ)は、その者の退職を承認することができるものとする。またA側は人員整理の対象になる従業員をもつて、その先任順に、できる限り欠員にみたすものとする。この場合、その従業員は欠員に補充される資格があり、かつ、これに同意する場合には、同一競合地域内の他の職種への配置、または他の競合地域への転任の措置を受けるものとする。」との記載があり、一方同細目書IH節「人員整理」(7)「手続」の冒頭には「A側は、人員整理すべき従業員数および職種を決定する場合には、できる限りB側にその理由を通知し、雇用の安定を最大限に確保するために、十分な事前の調整を図るものとする。」との記載が、更に同節(7)aには「契約担当官代理者は、できる限り事前に、且つ解雇通知書発出日の少なくとも一五日前までに、人員整理の理由、範囲並びに解雇の効力発生日を明記した要求書を労務管理機関に送付するものとする。」趣旨の記載があることが認められる。

これらの各記載を考え合せると、人員整理が予想される場合、米軍及び申立人は人員整理を最少限度にとどめるため、できる限り希望退職の募集及び配転措置等の調整を行うと共に、さらにその予想の有無に拘らず、米軍は人員整理すべき従業員数及び職種を決定する場合(具体的には米軍が申立人に対して人員整理要求をする場合)には、雇用の安定を最大限に確保するため、希望退職の募集及び配転その他適宜の方法をもつて、できる限り事前の調整を行わなければならない義務を定めたものと解するのが相当である。

しかるに本件においては右何れの調整措置もこれを行つたことを認めるに足りる資料がなく、且つこれを行い得なかつたことにつき合理的理由があつたと認めるに足りる資料もない。

なお、叙上の調整義務は米軍に課せられたものであること前記のとおりであるが、基本労務契約の特質に鑑み、その違反の責任は申立人において負担すべきものと解するのが相当であるので、本件解雇につき申立人に右調整義務違反のそしりを免れない。

(2)  もつとも成立に争いのない疏甲第一号証の一、二、証人池田俊夫、同大井重信(第二回)の各証言を綜合すると、従来から予め人員整理の予想される場合の他は前記人員整理要求のあつた後に前記細目書H節(7)Cに規定する希望退職の受理及び希望退職による欠員への転任手続とは別に、希望退職の募集及び配転がなされ整理該当者の配転希望の申出は例外なく受理され、面接の上、適格性のあることが判明すればその希望が容れられることによつて、解雇を回避する道がひらかれる労働慣行のあつたことが認められ、右慣行は調整の時期の点では前記のような事前の調整とはいい難いけれども、雇用の安定を最大限に確保する趣旨においては変りなく、少なくとも右慣行にしたがつた措置がとられた場合にはその目的からみて前記基本労務契約並びに同細目書の各条項による調整義務の履行をしたと同様の評価をうけ、それが事前でなかつたとの一事をもつて直ちにこれを非難することは必ずしも相当ではない。

ところで、本件についてこれをみると、被申立人が配転の申出をしたこと、申立人においてこれを拒否したことは当事者間に争いがなく、証人川上寛次郎の証言から真正に成立したものと認められる疏乙第一、二号証に同証人及び同藤田勉の各証言並びに被申立人本人の尋問の結果を綜合すると、昭和三五年一二月二日米軍から申立人に本件人員整理要求がなされた後、申立人は他の職場職種に約五〇名の欠員のあることを掲示して整理該当者から配転の希望を募集したので、被申立人は他の七名と共に配転の希望を申出た上慎重を期するため特に全駐留軍労働組合福岡地区本部を通じて、配転につき差別的取扱いをしないよう申し入れたが、他の七名の配転希望者はすべて面接の機会を与えられ、うち六名は配転を受けることによつて解雇を免れた(他の一名は適格性がないとの理由で配転を受けられなかつた)にも拘らず、被申立人のみはさきの保安解雇によつて板付空軍基地の籍を喪失していることを理由として、米軍から面接の機会さえ与えられない儘右申出を拒否されたことが認められる。右認定をくつがえすに足りる資料はない。

そうすると、右配転希望をした他の七名については格別、少なくとも被申立人に関する限り、右労働慣行に基く調整措置もとられなかつたものといわざるを得ず、結局において申立人において前記雇用の安定のための調整義務に違反したものとのそしりを免れない。

しかも右調整を行わなかつた理由として、被申立人がさきの保安解雇により板付空軍基地の籍を喪失しているからであるというにおいては、当庁昭和三一年(ヨ)第二〇二号事件の仮処分判決によつて形成された被申立人の労働契約上の地位を全く無視した甚しい差別待遇といわなければならない。

(3)  以上の次第であつて、被申立人に関する本件解雇は基本労務契約並びに同細目書に掲げる前記雇用安定のための調整義務に違反し、且つ前記仮処分の趣旨を無視した差別待遇に外ならず、著しく信義に反する。このような解雇は解雇権の濫用としてその効果を否定するのが相当である。

以上のとおり本件予備的解雇はその余の判断をするまでもなく無効であつて、前記仮処分についてはその後事情の変更はないものと認められるから、その取消を求める申立人の本件申立は失当としてこれを却下すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 江崎弥 至勢忠一 諸江田鶴雄)

(別紙目録)

仮処分決定

当事者別紙目録記載のとおり。

右当事者間の昭和三一年(ヨ)第三二五号賃金支払請求仮処分命令申請事件につき当裁判所は右申請を相当と認め主文のとおり決定する。

主文

被申請人は申請人等に対し、別紙第一目録記載の未払賃金手取合計額の金員及び昭和三一年九月分の別紙第二目録記載の「平均賃金手取月額」の金員並びに同年十月分以降本案判決確定に至るまで毎月分前記目録記載の「平均賃金手取月額」の金員をその翌月の十日までに各支払わねばならない。

昭和三十一年十月二十四日

福岡地方裁判所

裁判長裁判官 亀川清

裁判官 高石博良

裁判官 和田保

(当事者目録、別紙第一、第二目録省略)

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